2月:マエストーゾ

 

 

 

 

雪が降り積もり真っ白な一面は何を語りかけるか。
なぜか雨が降る様とは違う。
無音の中に降ってくる雪は厳かに感じる。
更に冷たさ寒さが心を引き締めてくる。

雪が降り真っ白な一面は非常に明るい。
光とは天から降り注がれるはずのもの。
しかし目を細めるほどの眩しさであり
地上からの神々しい輝きである。

壮大さがありながら静けさもあり
言葉では言い表すことの出来ないほどの厳かさ・・・
マエストーゾ。

言葉では言い表すことの出来ない表現が要される音楽。
自然を言葉では言い表すことの出来ないのと同じだ。
人間の言葉で感覚感性を表現出来なくて当たり前。
マエストーゾ・・・
言葉の意味よりも何か深く考えさせられる。

 

 

ボレロ

Boléro/Maurice Ravel

 

 

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1月:モデラート

 

 

 

 

あけましておめでとうございます。

新年になりますと誰しもが希望を抱くと思う。
よし、やるぞ!
さぁ、頑張るぞ!
いつもよりも何かが出来る気がするからだろうか。

大自然の山に雪が降り風が吹き、
空気は感覚を失わすほどの冷ややかさ。
そう、この空気の中では目が見開かれる。
しかし頭の回転は止まってしまう。

何事にも勢いで行かず、控えめに行ってはどうか。
強すぎず、弱すぎず・・・
速すぎず、遅すぎず・・・
モデラート・・・

新年の空気は、
自分自身における様々な面の節度を見直す時なのかと感じた。

 

 

バッハ:マタイ受難曲 BWV.244
~ 憐れみたまえ、我が神よ ~

 

Erbarme dich, mein Gott,
um meiner Zähren willen !
Schaue hier,
Herz und Auge weint vor dir bitterlich.

 

J. S. Bach / Matthäus -Passion BWV 244
Nr.39 Arie – Alt

 

 

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12月:トゥッティ

 

 

 

 

いまにも雪が降り出しそうな灰色の空、
しかし晴れの日も多い冬の空。
これから来る冬を感じる冷たい空気。
これから来る冬を感じるのは肌だけではなく、目からも感じる。

木々はすっかり葉を落とし、まるで命尽きたかのようなたたずまい。
いや違う、もう次の生命を準備し始めている。
様々な野鳥や鹿たちは雪が降り始めたら「我先に」と食するだろう。
晴れの日は太陽を浴びようと野鳥は羽を広げ、鹿は体を伸ばす。

各々が底力を出し、
各々が力を合わせ、
各々が小さな事に感謝をし、
皆で乗り越える姿が美しく力強く感じる。

トゥッティ・・・皆で!全員で!という音楽用語。
指揮者の「トゥッティ!」の一声で舞台に関わる全員がハッとする瞬間。
リサイタルではソリストの「トゥッティ!」という心持ちが舞台を暖かくする。
・・・さぁ!リサイタルよ!
トゥッティ!トゥッティ!トゥッティ!!!

 

 

歌劇「フェドーラ」より
~ 愛さずにはいられないこの想い ~

 

Amor ti vieta di non amar…
La man tua lieve, che mi respinge,
cerca la stretta della mia man;
la tua pupilla esprime: T’amo!,,
se il labbro dice: Non t’amero!

 

U. Giordano: Opera「Fedora」
~ Amor ti vieta ~

 

 

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11月:ルバート

 

 


 

 

少し前から秋はスタートしているが一段階上がったように感じる。
青空の下に広がる山、
河川敷の草木、
道の両側にそびえ立つ木々、
どこを見ても黄金の秋色が身に飛び込む。

モミジ、クリ、朴の木、サクラ、シラカンバ・・・
様々な木々がそれぞれに秋色を装う。
ニッコウアザミ、ワレモコウ、シュウカイドウ、コスモス・・・
秋の野草が差し色で更に秋を深める。

木、草、花・・・
それぞれはそれぞれに自由に表現しているだけであり、
周りとの息を合わせようとはしていない。
しかし、ピタリと「秋」を表現している。

ルバート・・・
自由なテンポで演奏して良いと勘違いしている人がいるが全く違う。
曲全体の基本テンポは変化してはならず、
旋律のテンポを揺らすことであり、演奏者の感性に任されている。
つまりはルバート出来る奏者とは音楽性がある奏者ということである。

様々な秋を各々に表現している大自然を見ていると
感性や音楽性は考えて出来るものではないと再確認させられる。
・・・ルバート、溢れ出るものである。

 

 

カタリ・カタリ

 

Catarì,Catarì,
pecche’ me dice sti parole amare?
pecche’ me parle,e ‘o core me turmiente,
Catarì?
Nun te scurda’ ca t’aggio dato ‘o core,
Catarì,nun te scurda’!
Catarì,Catarì,
che vene a dicere
stu parla’ ca me da spaseme?
Tu nun ce pienze a stu dulore mio
tu nun ce pienze,tu nun te ne cure.

Core,core ‘ngrato,
t’haie pigliato ‘a vita mia,
tutt’e’ passato
e nun ce pienze cchiu’!

Catarì,Catarì
tu nun o saie ca ‘nfino int”a na chiesa
io so’ trasuto e aggio priato a Dio,
Catarì
e ll’aggio ditto pure a ‘o cunfessore
I’ sto’ a suffrì pe chella lla’!
Sto a suffrì,sto a suffrì
nun se po credere
sto’ a suffrì tutte li strazie
e ‘o cunfessore ch’e’ persona santa
m’ha ditto: figlio mio,lassala sta’,lassala sta’!

Core,core ‘ngrato,
t’haie pigliato ‘a vita mia,
tutt’e’ passato
e nun ce pienze cchiu’!

 

“Core ‘ngrato”
Salvatore Cardillo

 

 

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10月:パウゼ

 

 

 

 

今夜の満月は光り輝いている。
数日後の月は何かを失ったかのように細くなっている。
更に数日後には新月で真っ暗な夜空となる。
しかし私たちは月が必ず満月を迎えることを知っているので待つ・・・。

山から霧が立ち込み、今まで見えていたものが見えなくなる。
日中であろうと夜であろうと背筋が固まるような不安に包まれる。
目を見開くが見えるはずもない。
しかし私たちは霧が必ずなくなるとわかっているので待つ・・・。

美しい花を咲かせた木々から花も落ち、葉だけが残っている。
その様を見るだけでは美しい花が思い起こせない。
冬には葉も落ち、枯れ木のようになる。
しかし私たちは木が必ず芽吹くことをわかっているので待つ・・・。

なぜ人は”待てる”のに待てなく、待たなくなってしまっているのか。
美しさや輝きだけを自然から受けるのではなく、
時間の流れから受ける精神の成長をも感じ感謝していきたい。

一曲の中で音の無いパウゼ。
音楽の中で最も音楽があり、
音楽性を必要とされるものが「パウゼ」と私は考えている。
・・・さらに私は次の演奏のパウゼを成長させてもらえた。

 

 

おお死よ、お前を思い出すのはなんとつらいことか
~4つの厳粛な歌 ~

 

O Tod,wie bitter bist du,
Wenn an dich gedenket ein Mensch,
Der gute Tage und genug hat
Und ohne Sorge lebet;
Und dem es wohl geht in allen Dingen
Und noch wohl essen mag!
O Tod,wie bitter bist du.

O Tod,wie wohl tust du dem Dürftigen,
Der da schwach und alt ist,
Der in allen Sorgen steckt,
Und nichts Bessers zu hoffen,
Noch zu erwarten hat!
O Tod,wie wohl tust du!

 

”O Tod,wie bitter bist du ”  Op.121-3  
~ Vier ernste Gesänge ~
Johannes Brahms

 

 

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9月:ブレス

 

 

 

 

暑さが和らぎ、次の季節への移り変わり時期となりました。
感覚とはおもしろいもので、
風一つ、光一つにしても人様々の感覚違いがあります。
心地よい風か、肌寒い風か・・・
温かい光か、物悲しい光か・・・
しかし風は、光は、そんなことは何も考えていません。
ただ吹く・・・
ただ光る・・・それだけです。

野に咲く一輪のお花を見て、
心強く感じるも、淋しげに見えるも、
こちらの心持ちによって変わります。
そう、今日と明日では違って見えたりもします。
野に咲く一輪のお花は何も変わっていないのに・・・。

そんなたわいもない事が頭を過ぎる・・・
それがこの時期の贅沢な時間なのだと感じます。
それをも感じるか、感じられないか。
私は前者でありたいと・・・深く、深く、深呼吸一つ。

そして、この深呼吸が次の演奏のブレスとなる。

 

 

歌劇「トスカ」より
~ 歌に生き、恋に生き ~

 

issi d’ arte, Vissi d’ amore
Vissi d’ arte, vissi d’ amore,
non feci mai male ad anima viva!
Con man furtiva
quante miserie conobbi, aiutai…
Sempre con fe’ sincera
la mia preghiera ai santi tabernacolo salì,
sempre con fe’ sincera
diedi, fiori agli altar.
Nell’ ora del dolore
perchè, perchè, Signore,
perchè me ne rimuneri così?
Diedi gioielli della Madonna al manto,
e diedi il canto agli astri, al ciel,
che ne ridean più belli.
Nell’ ora del dolor,
perchè, perchè, Signor,
perchè me ne rimuneri così?

 

Giacomo Puccini : Tosca, Act II ” Vissi d’ arte, Vissi d’ amore“ (Tosca )

 

 

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8月:夏に開くアルバム

 

 

 

 

夏の暑い日差しの中にふと風が通りますと、
心に何かが通る気がします。
その風が運んできたものはなんでしょうか。

私の頭の中には沖縄の歌が流れます。
芭蕉布、てぃんさぐぬ花、童神(わらびがみ)~天の子守唄~、
涙そうそう、花、島唄、三線(さんしん)の花・・・
沖縄の音階は「ラ抜き」と言われますが、独特な音階です。

ハイビスカスのお花が似合う暑さの中、
少々油っこいお料理と泡盛を歌いながら笑い楽しむ。
なぜか笑いが絶えないが、何か寂しさも感じる。
沖縄は明るいイメージがありながらも、沖縄の歌には物悲しさがある。

歌の歌詞には作詞者の背景がありますが、
自分の背景に置き換えてみてはいかがでしょう。
涙そうそう。
亡くなった方だけではなく、最近は会えていない人、古い友人・・・
身近にいる人との一昔前・・・
心の中にあるアルバムを広げてみる。
涙そうそうしながらも、微笑んでいる自分に気がつきます。

 

 

涙そうそう

作詞:森山良子
作曲:BIGIN

 

古いアルバムめくり
ありがとうってつぶやいた
いつもいつも胸の中
励ましてくれる人よ
晴れ渡る日も 雨の日も
浮かぶあの笑顔
想い出遠くあせても
おもかげ探して
よみがえる日は 涙そうそう

一番星に祈る
それが私のくせになり
夕暮れに見上げる空
心いっぱいあなた探す
悲しみにも 喜びにも
おもうあの笑顔
あなたの場所から私が
見えたら きっといつか
会えると信じ 生きてゆく

晴れ渡る日も 雨の日も
浮かぶあの笑顔
想い出遠くあせても
さみしくて 恋しくて
君への想い 涙そうそう
会いたくて 会いたくて
君への想い 涙そうそう

 

 

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7月:淡々と

 

 

 

 

クラシックのコンサートはこの時期はオフと言われ、肌寒くなる時期がメインシーズンです。
秋から冬はオシャレの時期、コンサートへ出掛ける装いも楽しみの一つとして考えられているのでしょう。

歌い手のこの時期はメインシーズンのためのお稽古が多くなります。
オペラの稽古は数ヶ月に渡りますので、暑い最中は稽古場!!!
また、声の調整や心身のメンテナンスとして海外の空気に触れに行く時期でもあります。
イタリアの太陽は熱いです!
照りつく太陽の中、ミネラルウォーターを片手に長い距離の石畳を歩き、
石造りの建物の中へ入るとひんやりとするあの感覚は何とも言えません。
額の汗を拭いながら、中から見る石畳の上にある影。
こうしたたわいも無い感覚がエネルギーになります。

日本は梅雨の頃となり、深い緑も雨で濡れてしっとりとしてます。
梅雨に濡れた緑の中に、ふと甘い香りが漂います。
そう、クチナシの香りです。
我が家の鉢植えのクチナシも満開、家中に甘い香りが漂います。
感情を込める事が音楽や歌ではなく、
淡々と歌うことの難しさを教えてくれた「くちなし」。
この曲を歌えるようになった時の喜びを思い出しました。
淡々と歌う、ということはけっして無表情ではありません。
満ち溢れる感情や音楽性を押し殺す表現、というのでしょうか。
感情を音楽に乗せて表現するよりも、
淡々と歌うことが私には合っているとも教えてくれた「くちなし」。
感謝の一曲です。

 

 

くちなし
~ 歌曲集『ひとりの対話』より ~

作詞:高野喜久雄
作曲:高田三郎

 

荒れていた庭 片隅に
亡き父が植えたくちなし
年ごとに かおり高く
花はふえ
今年は十九の実がついた

くちなしの木に
くちなしの花が咲き
実がついた
ただ それだけのことなのに
ふるえる
ふるえるわたしのこころ

「ごらん くちなしの実を ごらん
熟しても 口を開かぬ くちなしの実だ」
とある日の 父のことば
父の祈り

くちなしの実よ
くちなしの実のように
待ちこがれつつ
ひたすらに こがれ生きよ
と父はいう
今も どこかで父はいう

 

 

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6月:緑の雨

 

 

 

 

春を迎え笑顔になり、新緑の中に入りエネルギー充電。
そろそろ梅雨となりますので、夏の前の一息というところですね。
ふと窓から外を見ますと雨に濡れた木々・・・
皆さまは何を感じられますでしょうか。

歌には音楽と詞があり、どちらかだけでは「歌」は成立しません。
そしてどちらかが優っていては曲として何か物足りなさを感じます。
音楽の盛り上がりと詞の盛り上がりが常に一致しているとも限りません。
歌を歌うということは、簡単そうに見えて奥が深いのです。
・・・緑の雨を見ていて私はあらためて感じました。

 

 

作詞/作曲:中島みゆき

 

なぜ めぐり逢うのかを
私たちは なにも知らない
いつ めぐり逢うのかを
私たちは いつも知らない

どこにいたの 生きてきたの
遠い空の下 ふたつの物語

縦の糸はあなた 横の糸は私
織りなす布は いつか誰かを
暖めうるかもしれない

なぜ 生きてゆくのかを
迷った日の跡の ささくれ
夢追いかけ走って
ころんだ日の跡の ささくれ

こんな糸が なんになるの
心許なくて ふるえてた風の中

縦の糸はあなた 横の糸は私
織りなす布は いつか誰かの
傷をかばうかもしれない

縦の糸はあなた 横の糸は私
逢うべき糸に 出逢えることを
人は 仕合わせと呼びます

 

 

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5月:美しき新緑

 

 

 

 

今年は桜の満開を押し出すかのように新緑が勢いよくスタートしました。

厳しい冬の間、山々の木々は「無」となっています。
生命を感じない木々は恐ろしくも感じます。
しかしどうでしょう!
何十、何百、何千・・・葉を芽吹かせる木は水分を吸い上げているのでしょう、幹や枝が濃くなります。
各々が我先に!と芽吹き、見る見るうちに新緑の溢れる木々。
この新緑が深い緑になり、半年後には紅葉という木々の華を咲かせます。
これほどの生命力を目の前で表現してくれるものが他にあるでしょうか。

一つとして同じ「緑色」が無く、光までもが緑色に見えます。
一枚の葉の緑、その裏側はどのような緑でしょうか・・・
一つの美しさを完成させるには様々な美しさの集まりと感じます。
私の最も好きな時期、新緑。
溢れる新緑が私の感性に刺激を与えてくれます。
・・・感謝。

 

 

熱烈な願い
~ 3つのアリエッタ ~

 

Quando verrà quel dì
che riveder potrò
quel che l’amante cor tanto desia?

Quando verrà quel dì
che in sen t’accoglierò,
bella fiamma d’amor,anima mia?

 

Il fervido desiderio ~ Tre Ariette ~
Bellini

 

 

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